認知症の兆しをみせる母 Ⅱ

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夜明けのしくしく

車内で穏やかに会話する息子と父の水彩イラスト

先日、父の眼の状態がかなり悪くなり、手術が必要になった(この”眼”の話はいずれ改めて書きたい)。設備の整った病院で手術をすることになったのだが、車で1時間ほどの距離。そこで私が送迎を引き受けることにした。父は「大変助かる」と言ってくれて、私も父の力になれたことがうれしかった。

その送迎の車内で、決まって母の話題になる。

前回の記事では、母が父に物を投げたり、こたつでじーっと動かないことが増えた、ということを書いた。今回、父の口から出てきたのは——母がたまーに泣くのだという話だった。

悲しいテレビ番組を見たわけでも、悲しい出来事に直面したわけでもない。父の前で、しくしくと。しかも決まって朝方に、だそうだ。父は「聞いてくれ」とばかりに語る。

老人ホームは桃源郷?

こたつの和室でうつむく母に寄り添う父の水彩イラスト

ある朝、父が起きて一階のリビングに降りると、母がテーブルで泣いていた。「身体がきつい」としきりに訴え、「老人ホームに入りたい」とまで言ったという。

身体のきつさは、病気というより気持ちの落ち込みが大きな原因だろう。父は「老人ホームに入ったら身体が楽になるわけじゃない。そんな桃源郷のような場所じゃないよ」と、なだめたそうだ。

私はこの父の対応に感心した。逆上することなく、まさに母に寄り添うように話をしっかり聞き、受け止めている。ここに来て、父にはすっかり感心しきりなのだ。

いじましい父

台所で冷蔵庫の中身を確認する父の水彩イラスト

団塊世代の男である父は、いまだに料理などろくにできない。一方このところの母は不安定で、料理をしない日も多々あるようだ。

それでも父は母に無理を言わない。冷凍食品を買い込み、インスタントラーメンを買い込み、スーパーの惣菜をこまめに補充し、母よりも冷蔵庫の中身を把握して、每日の自分の食事を管理している。母はというと、好きな物を勝手に買っては朝昼晚関係なく、食べたい時に食べているとのこと。

母の手の爪も父が切っているのだから、夫婦愛を感じてしまう(子どもとしては少し気持ち悪いが)。

さらに父は、眼の悪化もあって今の仕事を辞めたら、閉じこもりがちの母を連れて近所の体育館のジムに行こうかな、などと言っている。なんて優しいんだ(別に昔から優しかったけど)。

母の没落

話は少し変わるが、両親は団塊世代の真っ只中で、やがて八十代に突入する。

母は家事もバリバリこなしたが、根っからの仕事人間だった。なにせ「前の晚から仕事に行きたくてうずうずワクワクしていた」というくらいだから、尊敬してしまう。

定年後も少し仕事を続けていたが、心臓の病気が見つかり、手術を機に長年勤めた職場を退職した。そんな仕事人間から仕事が無くなると、やはりまずい。父は当初からそのことを心配していたと、妻は言う。

案の定、母は徐々に外出の機会が減り、テレビばかり見るようになり、生活リズムが少しずつズレていった。ただ、父が言うには、母にとって一番のダメージは仕事ではなく——仲良しだった昔からの近所の友人と、気を許し合っていたこれまた近所の妹。この2人を亡くしたことが大きかったそうだ。それから母の行動範囲はみるみる狭くなり、家にいることが多くなっている。現在進行形で。

ともに母を支える

夕暮れの住宅街を寄り添って歩く老夫婦の後ろ姿の水彩イラスト

まあ、とにかく父はよくやっているよ。その父と、これからのことを話し合った。

できるだけこのまま、母に対して怒ったり叱ったりせず寄り添っていくこと。無理強いは御法度だが、散歩でも買い物でも、少しの時間でいいから母を家の外に出すこと。息子の私も、実家に行く回数を増やすこと。父も、母について言いたいことがあれば溜め込まず私に話すこと。できれば心療内科にもみんなで母を連れて行きたいところだが‥それはまぁ、おいおい。

もう一つ、父には言っておいた。今やっているパートは、続けられる限り続けたほうがいいんじゃないと。だって、あんな母と四六時中一緒は‥さすがにやばいでしょう(笑)。

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